サンフランシスコ・概要

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サンフランシスコ・概要

サンフランシスコを訪れるにあたり、サンフランシスコ到着前におさえておきたいサンフランシスコの基本情報。

サンフランシスコの位置
サンフランシスコの位置

サンフランシスコの位置・アクセス

サンフランシスコは北緯37度、東経122度に位置し、緯度で言うとほぼ福島県と変わらない位置にある。日本の国土の約25倍という広大なアメリカ大陸の西海岸に位置し、カリフォルニア州北部の中心都市となっている。

同じカリフォルニア州の全米第2位の都市、ロサンゼルスまでは車で約6時間、オレゴン州を挟んでカナダのバンクーバーまでは、車で約15時間の位置。サンフランシスコからロサンゼルスの海岸線沿いの道は、風光明媚な景色が続く、格好のドライブコースとなっている。

日本からサンフランシスコへは、成田空港より日本航空、全日空の日系航空会社、ユナイテッド航空、ノースウエスト航空の米系航空会社が毎日5便が、サンフランシスコ空港へ運行している。関西空港からは、ユナイテッド航空が毎日サンフランシスコとを結ぶ。

日本からサンフランシスコまでは、行きは約9時間、帰りはジェット気流に向かって飛ぶので、約2時間程度余計に時間がかかる。直行便が就航するアメリカの都市としては、シアトルの次にサンフランシスコが最も近いアメリカ本土の都市となる。

ゴールデンゲートブリッジ
サンフランシスコの
シンボル的存在
ゴールデンゲートブリッジ

サンフランシスコの見所

サンフランシスコ市内及び近郊の見所としては、まずサンフランシスコのシンボルとも言える、ゴールデンゲートブリッジを外す事はできない。日本語では、「金門橋」とも呼ばれ、赤い橋がサンフランシスコ湾を挟んで対岸を結ぶ景色は、まさにこれぞサンフランシスコと呼ぶに値する景色だ。

その次に外せないサンフランシスコの観光スポットとしては、フィッシャーマンズ・ワーフをあげたい。昔はただの漁港であったが、新鮮なカニ、エビなどのシーフードを食べることができる屋台、レストランが並んでおり、多くの観光客をひきつけている。このフィッシャーマンズ・ワーフの沖合いに浮かぶ旧刑務所、アルカトラズ島も是非訪れていただきたい。

その他サンフランシスコ市内の見所としては、ダウンタウンの中心と言えるユニオン・スクエア、白亜の美しい建造物のシティホールを中心として、政府関連機関の集まるシビック・センター、アメリカ最大といわれるチャイナ・タウン、日本人街のジャパン・タウン、高層ビルの立ち並ぶファイナンシャル・ディスクトリクトなどがあげられる。これらのサンフランシスコ市内の観光スポットは、ダウンタウンを走るケーブルカーによって、旅行者でも簡単に訪れることができるのも、サンフランシスコの魅力の一つだ。夜景の鑑賞スポットとして知られるツイン・ピークスは、ロマンチックな雰囲気バッチリ、カップルには特にお勧めだ。

比較的新しいサンフランシスコ観光スポットとして、人気テレビドラマシリーズの「フルハウス」のロケが行われた地区がある。「フルハウス」とは、サンフランシスコ近郊に住む、タナー家を主人公にしたホームコメディ、そのロケに使われた家が、パシフィックハイツアラモ・スクエアにある。アラモ・スクエアにはビクトリア調の家が残り、その向こうにサンフランシスコの高層ビル群が見え、絵葉書や映画のシーンなどもよく見かける景色だ。

サンフランシスコ郊外の観光地としては、すっかり日本でも御馴染みとなったカリフォルニア・ワインの産地、ワインカントリー。ワインカントリーには、ナパ・バレーとソノマ・バレーがあるが、特にナパ・バレーは日本人の間でも有名なワインの里だ。サンフランシスコ市内より、ワイナリーを訪れるツアーが各種出ているので、レンタカーを借りない場合は、それらのツアーで訪れると良い。

そしてサンフランシスコを訪れたからには必見とまで言われるのが、サンフランシスコより車で約4時間、距離にして約300キロのところにある、ヨセミテ国立公園。世界自然遺産にも指定される、このヨセミテ国立公園は、アメリカ西海岸では最も人気のある国立公園、サンフランシスコから日帰りで訪れることもできるが、時間が許すのなら、できれば泊りがけでゆったりと訪れてみたい。

そしてもう一つ、サンフランシスコから日帰り圏内の観光地として、モントレーカーメルの街がある。サンフランシスコより車でロサンゼルス方向に約2時間、美しい砂浜とラッコ等の動物に出会えるモントレー、有名ゴルフコースで御馴染みのぺブル・ビーチ、芸術の街カーメルなど、カリフォルニアらしい雰囲気をたっぷり味わうことができる。

そんな見所満載のサンフランシスコ、しっかりと計画を立てて、時間を有効に使って、サンフランシスコを満喫していただきたい。

ダウンタウン
ダウンダウン

サンフランシスコの概要

サンフランシスコは、カリフォルニア州北部では最大、全米2位のロサンゼルスに次ぐ約76万人の人口をかかえるが、全米で見ると13位と、その知名度から考えるほど高くはない。しかしながら、サンフランシスコ市を中心にサンフランシスコ湾を挟んで対岸のオークランド、南岸のサンノゼを加え、サンフランシスコ・ベイエリアと呼ばれる、一大都市圏を形成している。その人口は合計で700万人を超え、広域都市圏としては、全米6位に浮上する。また、ハイテク企業の集まるシリコンバレーも、サンフランシスコから車で約1時間半と近く、このエリアはアメリカ経済の重要な地域となっている。日本ではサンフランシスコを略して「シスコ」とも呼ばれるが、ロサンゼルスの「ロス」と同様、アメリカではそのように呼ばれることはなく、略す場合は、頭文字の「SF(エスエフ)」、又は「サンフラン」と呼ばれている。日本とは大阪市と姉妹都市提携を行っている。

アメリカは様々な人種が住む他民族国家であるが、このサンフランシスコも例外ではない。人口の約50%が、ヒスパニック系を含む白人、アジア系が約31%、アフリカ系が約8%、残りはその他となっている。西海岸という地理的なものからか、アジア系が他のアメリカ大都市と比較して多く、その中で最も多いのは中華系の住民、サンフランシスコの全人口の約20%を占め、アメリカでは最大のコミュニティを形成する。サンフランシスコに3ヶ月以上の長期滞在する日本人は、アメリカではニューヨーク、ロサンゼルスに次いで多い約1万人、全世界ではシドニーに次いで11位となっている。隣町であり、同じサンフランシスコ・ベイエリアのサンノゼにも、サンフランシスコとほぼ同数の約1万人の日本人が住む。

サンフランシスコの気候・天候は比較的乾燥した、温暖性の気候に属し、アメリカの中でもトップクラスの、気候が良い、住みやすい街と言える。サンフランシスコでは、夏の盛りであっても、月間平均最高気温が20度前後、冬であっても月間平均最低気温は10度前後と、非常に過ごしやすい。また、春から秋にあける、5月より9月には、雨もほとんど降らず、快適に過ごすことができる。ただし、上のグラフを見ての通り、本来であれば一番暑いはずの7月8月より、9月、10月の方が、月間平均最高気温が高いのがわかる。これは、7-8月にかけては、冷たい太平洋の水温と高い外気温の差により、霧が発生することが多く、その霧の影響で気温を押し下げているため。(詳細はサンフランシスコの天気・気候を参照のこと)

サンフランシスコの市内、及び近郊の公共交通機関は、他のアメリカ大都市と比較して、比較的整備されている。サンフランシスコ市内は、坂の多いサンフランシスコの街を3路線のケーブルカーが走り、旅行者にとっても気軽に乗ることのできる交通機関となっており、そのケーブルカー自体もサンフランシスコ名物ともなっている。その他サンフランシス市内と近郊を結ぶライトレールのミュニ・メトロ、サンフランシスコとオークランド、バークレイなどの近郊の都市を結ぶ列車BART(バート)、サンフランシスコとサンノゼを結ぶカルト・トレインなどがある。

フィッシャーマンズワーフ
フィッシャーマンズワーフ

サンフランシスコの経済

サンフランシスの経済の中心として、まず同じカリフォルニア州のロサンゼルスと並んで、金融業があげられる。サンフランシスコの金融都市としての歴史は、20世紀初頭のゴールドラッシュより始まる。サンフランシスコのダウンタウン、ファイナンシャル・ディストリクトは、別名「西のウォール街」と呼ばれ、ウェルズ・ファーゴ等の巨大銀行の本社をはじめ、銀行、証券など金融関係の企業の本社、支社が集まる。

サンフランシスコ市内ではないが、サンフランシスコと同じ経済圏内、サンフランシスコ・ベイエリアのサンノゼ、そしてサンフランシスコより1時間半ほど郊外にあるシリコンバレーの存在も大きい。このサンノゼ、シリコンバレーには、アメリカを代表する、あるいはこれから急成長するであろうハイテク企業が集まり、そして新興企業に出資する投資ファンドの事務所などがある。2000年のITバブル崩壊でその勢いは多少落ちたといえるが、それでもアメリカの経済を引っ張る、ハイテク産業の中心地であることは、今でも代わりはない。

「観光」もサンフランシスコの経済の主要な部分を占める、重要な産業だ。サンフランシスコには、国内、国外をあわせて、約1600万人が観光でこの都市を訪れ、約8200億円を街で消費し、サンフランシスコ地域経済に貢献をしている。サンフランシスコはその美しく特徴的な街並みのため、映画のロケーションにも使用されることも多く、沢山の観光客を国内、海外からひきつける。純粋な観光旅行だけでなく、国際会議、展示会、企業のミーティングなどのビジネスがらみの旅行地としても、サンフランシスコは高い人気を誇る。

 

ゴールデンゲートブリッジ
スカイライン

サンフランシスコの歴史

サンフランシスコ、及びその周辺には元々、北カリフォルニア一帯に住んでいたオーロネ族が住んでいた。初めてこのサンフランシスコを訪れた西洋人は、スペインの探検家、ガスパー・デ・ポトラ、1769年のことだ。この時は入植は行われなかったが、その7年後の1776年にスペイン人よる入植が開始された。

ロサンゼルス同様、サンフランシスコを含むカリフォルニア州は、1821年にスペインより独立を勝ち取り、メキシコの一部となる。その後、メキシコとアメリカとの間に戦争がおき、1847年に条約によりアメリカに編入することになり、現在に至っている。

サンフランシスコに劇的な変化をもたらしたのは、1848年に始まったゴールドラッシュである。そのゴールドラッシュの始まった1848年の人口は1000人であったが、全米よりゴールドラッシュによる一攫千金を目指した人たちがカリフォルニア一帯に押し寄せ、サンフランシスコの人口も1849年には25000人、およそ25倍まで跳ね上がった。

このゴールドラッシュにより富を得た人たちは、1852年に創業されたウエルズ・ファーゴなど銀行を興し、現在の「西のウォール街」とまで言われる、金融街としてのサンフランシスコの位置の基礎が創られた。これらの資本家達は、1869年に開業された大陸横断鉄道をはじめとした交通、サンフランシスコ港などの港湾を整備し、金融業だけでなく、物資・物流の集散地としても、その後サンフランシスコは発展を遂げていく。

順調な発展を遂げていたサンフランシスコに、突然不幸が襲い掛かる。それは、1906年4月18日の午前05:12という早朝におきた、サンフランシスコ大地震だ。この地震はサンフランシスコの街のほぼ全ての建物を崩壊させ、498人が亡くなり、40万人の人々がホームレスとなった。しかしながら、サンフランシスコ市民は「フェニックス」(不死鳥)を旗印に全力で復興にあたり、バンクオブイタリー(現在のバンクオブアメリカの前身)は、家を失った人々にローンを提供し、サンフランシスコは急速に復興を果たす。

大地震から復興を果たしたはサンフランシスコを、今度は1929年の世界大恐慌が襲う。金融業がサンフランシスコの経済の大きな部分を占め、この株の大暴落を発端とした大恐慌は、サンフランシスコにも大きな傷を与える。この大恐慌により全世界は深刻な経済不況に見舞われるが、景気刺激策の公共事業として、オークランドベイブリッジとゴールデンゲートブリッジの建設がスタート、オークランドベイブリッジは1936年に、ゴールデンゲートブリッジは1937年に完成する。特にゴールデンゲートブリッジは、サンフランシスコのシンボルとして、広くその名前と景観が世界中に知れ渡っている。

サンフランシスコと日本との関わりであげなくてはならないのが、1951年にサインされたサンフランシスコ講和条約。これにより太平洋戦争が終結、日本とアメリカを中心とする連合国軍との間で平和条約が結ばれた。

 

 

サンフランシスコの概要の口コミ情報
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